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端午の節句の歴史 いつから兜やこいのぼりを飾るようになったのか? その1 [季節の行事]

端午の節句の歴史 いつから兜やこいのぼりを飾るようになったのか? その1


子供「ねぇパパ、どうしてこどもの日に鯉のぼりとか兜を飾るの?」

パパ「さぁ何でじゃろうね?パパも知らないなぁ」

子供「じゃあさ、こどもの日って何でこどもの日って決まってるの?」

パパ「さぁ、それも分からんなぁ。パパが小さいときから決まってたよ」

子供「何でかね?不思議じゃね!」

パパ「そうじゃね、世の中には不思議なことがいっぱいじゃね!」
  「不思議に思ったことは、そのままにしておいたらいけないよ!」
  「今みたいに、誰かに聞いたり本で調べてみると不思議なことはどんどん解決していくよ!」

子供「そっか、じゃあ鯉のぼりのことも調べてみたいな!」

パパ「よし、じゃあ一緒に調べてみようか!!」


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 「端午の節句の始まりはいつ?」

これは諸説あるようですが、もっとも多いのは奈良時代からとされていて、
結構歴史のある行事のようです。
元々、端午というのは五月の初めの午の日という意味です。
しかし長い年月を経て、いつの間にやら五月五日に固定されてしまったようです。


 「じゃあ元々はどんな行事だったのか?」

奈良時代の頃の端午の節句は、厄災を避けるための行事が行われる大切な日でした。
この日は、厄除けに効果があるといわれる、菖蒲やヨモギを軒に挿したり、
菖蒲の葉で薬玉を柱に下げたりしました。
また、災いをもたらす悪鬼を退治する意味で、騎射などの催しも行われたそうです。

その後、鎌倉時代には行事としては衰えてきますが、
武家の間で、菖蒲を尚武と読み替えてこの日を大切にする気風が生まれました。
また、この頃から男の子に兜や太刀、弓矢などを贈る風習が生まれました。
また、初節句の時には、作り物の大きな兜や太刀などを屋外に飾ったそうです。

その後、この風習は庶民の間にも広まりました。
やがて、屋外飾りはのぼりに武者絵などを大きく描いて飾られていましたが、
江戸中期頃から、庶民の間から鯉のぼりが発案され、その大きさも次第に大きくなっていったそうです。
これが現代の鯉のぼりの始まりとなったようですね。

結局、鯉のぼりそのものは、江戸時代からと子供たちには答えるといいのでしょう。


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 まとめ

端午の節句は思っていたよりも昔からあり、一説には中国の漢の時代にその原型となる行事が
伝わったと言われています。
その後、日本古来の習慣などが加わり、病気や厄災を払い、男の子の逞しい成長を願う行事となり
一般化していったようです。

結局、思っていたよりも結構昔からある風習のようですね!






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2015-04-16 00:00  nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
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